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星乃トラコは眠りたい。

小説を書いて一発当てて犬を飼って寝て暮らす。それがわたしの最終目標。

眠気と戦う

私はもうイヤだ。

眠い。

眠すぎる。

眠い。

眠い。

何も考えたくない。

眠い。

面白いものを読みたい。

眠い。

考えることの面白さが思い出せない。

眠い。

 

 

眠気と戦うにはコツがある。

まず、力を用いてはならないということである。

眠気を飛ばすためにむやみにりきんだり、運動をするなど、肉体の力に頼ろうとするのは危険である。

というのもそれらの力は必ず抜けるものであり、脱力の瞬間に眠気の侵入を許すことになる。ただでさえ眠気は強敵なのである。わざわざ敵を導き入れる隙を作ってはならない。

食物に頼るのも良い手とは言えない。特に辛いものやミントの効いたものなど刺激物に頼ろうとするのはよくない。何故なら単に効果がないためである。嗜好品として刺激物を愛しているのならともかく、苦手ならそれらを用いるべきでない。

味それ自体が覚醒刺激となるならば甘いものでもよいし通常の食事でもよいはずである。しかし本来ものを食べることは血糖値の上昇ののち必然的に低下を招き、その際には常人でも眠くなる。血糖値の低下を待たずとも、口一杯の御馳走を咀嚼して飲み下し、ふうと息をついたその瞬間に眠気はこじ入ってくる。これも肉体的な脱力の一種であり、かつ味それ自体から気も逸れている一瞬であるから、その空隙をここぞとばかりに眠気は狙ってくるのである。

覚醒効果をうたわれている市販の化学物質を試すのも勧められない。代表的なものはカフェインであるが、医師が処方するモディオダールとの飲み合わせが良いのか悪いのかよくわからない。ただでさえ特定の病気にのみ処方すべしと法で定められているような薬を飲む羽目になっているのだから、市販薬とはいえ独断で他の薬を重ねるべきではない。あまりにもリスキーである。

 

今のところ、私の眠気を払える唯一のものは私自身の意識だけである。

トートロジーのような話だが事実なのだから仕方がない。

私は自分が眠気を払おうとしていることを意識している間は目覚めていられる。

 

眠気に対して意識で対抗するには、ちょうど痒みに対してするのと逆のことを行う必要がある。

ヒトの意識は痒みに対しては忘れよう無視しようと努めるものである。

眠気はその逆で、自分が常に眠気に脅かされていることから決して気を逸らしてはならないのである。

具体的に言うと、何かの作業にあまりにも長く従事しすぎて眠気を忘れてしまうのはよくない。

ずっとPC画面に見入るとか、延々手元でハサミを使って紙を切るとか、そういった作業は危険である。どうしても脳が飽きてきて、手元は一定の動きをしつつ思考は全く別の事柄を考え始めていたりする。

その「全く別の事柄を考えている思考」が、いつのまにか仮定の出来事に関することになり、仮定が空想、空想が夢へと徐々に徐々にすり替えられ、気がつくと眠気に囚われているという状態に陥ることになるのだ。

眠気と戦う宿命を負った身で仮定のことをあれこれ考えるのは大変危険である。「もしもあれをやるんだったら」「もしもこの件の答えがああだったら」というような、仕事の段取り作業の一端のような極めてシリアスで真剣な内容であったとしても、眠りは夢の薄刃をそこに差し込み、出来上がったわずかな切れ目から少しずつしかし確実に侵入してくる。さながら毒ガスの類である。

 

眠気を払うのに真に効果のある、今のところたった一つの方法が、実はある。

しかして余白と時間が不足しているために(時刻は22時半に差し掛かる、そろそろ私の電源が切れるころである)今は筆をおく。

次回からはそのことを書いてみたい。